真宗大谷派 真照寺

法事について

『法事をつとめる』―お弔いからはじまる生と死の関係―
なんで法事をするの?という素朴な疑問を考えてみました。

昔は、お葬式のことを弔問するという意味で「お弔(とむら)い」という言葉をつかっていました。
この「弔い」を辞書でしらべますと「訪(とむら)い」という言葉が語源であると書いてあります。
生前の遺徳をしのんで、お葬儀にはたくさんのご縁ある方が訪れてくるでしょう。
その有様を「訪い」とあらわしたのです。そして友人知人,親戚のみでなく、
残された肉親として葬家は、まさしくその亡くなった方の人生を、しみじみと訪うのです。
私たちにとって、亡くなった方との関係は「お弔い」から始まるのです。
お弔いの儀式を通して、亡くなった方の人生を訪う時間をいただく。
そこから、亡くなった人との新たな関係が始まるのです。
これは人間にとって、とても大切なことです。「死」は、自分自身では体験できません。
死とは絶対なる他者から、教えてもらうしかないのです。

人間が人間になりえたことの一つとして、過去を記憶することと未来を予測することが出来る
ということがあります。その他の動物には人間ほどの記憶力と未来を予測する能力は多分ありません。
私たちは、亡くなった方を通して死というものを知り、そして自分も未来、死んでいくのだと教えていただくのです。
死を恐れるのも、死者との思い出に涙するのも人間であるから出来るのです。
そしてその時、我々自身が改めて生きることを問いにしてくれる存在が、私に関係した大切な方であり、
人生の先を歩みなくなってゆかれた方であるのです。それを昔から仏様というのです。
大切な方の「死」を通して、私たちが「生きる」ことが照らし出されてくる。
仏教は、そのことを「生死(しょうじ)は一の如し」といいます。

日常では、私たちは自分が死に向かっているということなど少しも思っておりません。
しかし「死ぬことを忘れていてもみんな死に」という言葉もあるように、逃れられない死の事実があるのです。
大切な方の死はその身をもって、「あなたはどう生きていますか」というメッセージを
私どもに伝えてきてくださっているのではないでしょうか?
亡き人のお声をお聞きする場が、葬儀でありご法事であるのです。
厳粛に勤めさせていただきたいところです。

回忌と法事

回忌とは、故人が亡くなってから49日目までの間にあり、7日目を初七日。
14日目を二七日忌(2×7=14)、21日目を三七日忌(3×7=21)と続き、
このように7日間を7回繰返し、最後が七七日忌(7×7=49)となり、
この日を四十九日や満中陰と呼びます。
昔のインドでは7進法を使っていましたので、七×七は満数を意味します。
そこで古代の人は、亡くなった方の行き先が、四十九日で決まると
考えていたようです。
現在では、この7日,7日が心理的な経緯をたどるといわれています。
亡くなった方との距離感が、ようやくつかめてくるのが49日なのではないかと
いわれおります。

年回忌と法事(仏式)

年回忌の法事は、故人が亡くなってから1年目の命日から始まります。
この1年目の命日が一周忌です。
その後、2年目に三回忌、6年目に七回忌と続きます。
(※法事(年回忌)一覧表を参照)。
一周忌・三回忌の法事は盛大に執り行いますが、
七回忌以降は併修(ヘイシュウ)といって、複数の故人の年回を
合わせてつとめても構わず、また家族や親族など故人と
深いかかわりがある身内だけで行う場合が多くなっています。

※ 回忌の数え方は三回忌以降は1年を足した年となるので注意が必要です。 例えば、故人が亡くなって満2年目が1年を足して三回忌となります。

一周忌 亡くなってから満1年目 自宅や菩提寺などで遺族・親族・友人・知人などで供養する。供養の後、精進落としの為、故人を偲んで会食するのが一般的。
三回忌 亡くなってから満2年目 同上
七回忌 亡くなってから満6年目 七回忌以降は少しずつ供養の規模を縮小し、招く人数や範囲を絞ってゆく。
十三回忌 亡くなってから満12年目 同上 十三回忌以降は遺族だけで供養するのが一般的。
十七回忌 亡くなってから満16年目 同上
二十三回忌 亡くなってから満22年目 同上
二十七回忌 亡くなってから満26年目 同上
三十三回忌 亡くなってから満32年目 区切りとなる年忌法事。弔い上げとしてここで終わる地域も多い。その場合の法事は盛大となる。
三十七回忌 亡くなってから満36年目 遺族だけで供養するのが一般的。
五十回忌 亡くなってから満49年目 区切りとなる年忌法事。弔い上げとしてここで終わる地域も多い。その場合の法事は盛大となる。
百回忌 亡くなってから満99年目 区切りとなる年忌法事。弔い上げとしてここで終わる地域も多い。その場合の法事は盛大となる。